運動の指導〜6つの“なぜ”に迫る
著者
宮下 充正 著
判型・頁
A5/132頁
定価
1,760円 (本体価格: 1,600円)
発行日
2013/11/15
ISBN
978-4-7644-1148-7
運動の指導〜6つの“なぜ”に迫る
大学の教員を何年も務めてきたので,ときどき“学問(体育学)を何のためにするのか?”と自問し,“体育学は世の中の人たちに役立つからである”と自答してきたように思う.では,“何の役に立つのか?”とさらに問われれば,“健康で体力水準の高いからだを保持・増進するのに役立つからである”と答えていた.
そして,“なぜ,健康・体力を保持・増進させなければならないのか?”と問い直されれば,“人が幸せに生きていくためである”と答えるかもしれない.しかし,さらに“なぜ,幸せに生きなければならないのか?”となると,著者にはもはや明確に答えることはできない.
また,最近になって中高年齢者を対象として運動指導をするようになって,“なぜ,高齢者に運動指導を行うのか?”と問われたとき,“寿命が尽きるまでは,手助けを必要としない体力を保持させるためである”と答えてきた.“なぜ,手助けを必要としない体力を保持していなければならないのか?”と問い直されれば,“医療費・介護費の負担を軽減できるからである”と答えてきた.
しかし,医療費・介護費の軽減のためという理由では,無味乾燥な気がするようになり,“何歳になっても,からだを動かす喜びを味わってほしいからである”と答えるようにしている.
体育という行為の中心である身体運動は,これまでも,どのような仕組みでからだが動くのか? どうして持久力がつくのか? うまくなるのはどういうことなのか?などの“なぜ”に対して,生理学,力学などの基礎科学の助けを得て解明されてきた.そして,運動指導の自然科学的分野において,さまざまな身体運動の仕組みが明らかにされてきたといえる.
ところが,分子生物学・分子遺伝学が急速に発達し,新しい事実が明らかにされつつある.したがって,運動指導に当たっても新しい疑問を投げかけ,答えを得る努力をすべきであると,著者は言いたい.
身体運動を引き起こす筋肉に対する最近の研究報告を読むと,細胞の生きていく営みの複雑さと巧妙さに驚きを覚える.しかし,細胞の営みは人の意志ではコントロールできない.コントロールできるのは摂取する食事の内容の選択と,身体運動の遂行だけである.ここに運動指導の重要性がある.
運動指導者は,これからも新しい知見を学び,“なぜ”と問い続けていくべきである.“なぜ”に答えていっても,冒頭で述べたように明確な答えが得られるとは思わないが,問い続けることが重要だと思うからである.
目次
1章 練習すると,なぜエネルギー消費量が少なくなるのか
1.食べものを得るためにからだを動かす,食べものがあればからだを動かさない
2.移動動作では,エネルギー消費量を最少化する傾向にある
3.動作が上手になって,“力み”がなくなる
4.代謝性フィードバック機構という仮説
5.進化適応環境という考え方
2章 運動能力に,なぜ個人差が生じるのか
1.遺伝子からみた個人差の存在
2.さまざまな国の人たちの遺伝子型の分類
3.遺伝子型に人種,民族間の違いがあるのか
4.遺伝子は個人差を生むが,運動能力の決め手にはならない
5.トレーニングや練習結果にも個人差が出る
3章 子どものときに運動することが,なぜ必要なのか
1.生後1年間の育ちが31歳のときの体力に影響する
2.バイオリンを奏でる,ピアノを弾く能力の獲得
3.骨の健康を守るには体重以上の負荷が必要
4.球技の上手な10歳児の方が6〜7年後の体力が優れている
5.身体活動量の成長に伴う変化
6.若い頃運動を実践した人は長命か
4章 肥満すると,なぜ痩せようとするのか
1.節約遺伝子という仮説
2.エネルギー源としての糖質と脂質の使われ方
3.肥満の解消方法
4.栄養物質の摂取
5.エネルギー供給の主役ミトコンドリア
5章 運動するとき,なぜ強度にこだわるのか
1.運動強度を上げていくときの生理学的反応
2.運動の主役をはたす筋線維
3.運動実践の効果
4.強度の高い運動と低い運動の実施
6章 運動指導で,なぜ叱ったり誉めたりするのか
1.評論家の視点
2.指導する人と指導される人
3.人間の成長と“叱る”と“誉める”
4.スポーツ選手を目指した親とその子ども
5.“叱る”と“誉める”の種類
6.“罰走”は許されるのか
7.動物に対する“叱る”と“誉める”
8.競技志向のスポーツと健康志向のスポーツの区別
9.スポーツの目標達成への条件
10.“学習”と“トレーニング”に対する反応
11.叩かれた痛みは次第に緩和される